大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

佐賀家庭裁判所唐津支部 事件番号不詳 判決

本籍 伊万里市山代町立岩三、一八八番地

住居 同市同町立岩二、七五六番地

料亭営業 山本スエノ 大正七年十一月一日生

主文

被告人を懲役四月に処する。

但し本裁判確定の日から参年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

一、罪となるべき事実

被告人は肩書住居にて「千鳥」名儀で料亭業を経営しているものであるが、昭和三十年二月二十五日頃、十八年未満である○夏○枝(昭和十四年九月十一日生)を従業婦としてその年令を確認することなく雇入れ、同女をして右営業所の客室及浦の崎農業協同組合倉庫裏附近の家屋において、前同日頃より同年三月一日頃までの間、遊客を相手として五回位に亘り淫行を為さしめたものである。

二、証拠の標目

一、被告人の当公廷における供述

一、被告人の司法警察員(第一、二回)並に検察官に対する各供述調書

一、○夏○枝の司法巡査並に司法警察員に対する各供述調書

一、川崎君子、川崎太一の司法巡査に対する各供述調書

一、池原富子、コガマツノ、長島優子の司法巡査に対する各供述調書

一、馬場文久、太田黒浩の司法巡査に対する各供述調書

一、被告人の伊万里警察署長に対する雇入届の記載

一、○夏○雄の戸籍謄本の記載

一、押収に係る押検第一号明細書一通の存在及その記載

三、法令の適用

(一)  児童福祉法違反罪につき

児童福祉法第三十四条等一項第六号、第六十条第一項、第三項、罰金等臨時措置法第二条(懲役刑撰択)

(二)  刑の執行猶予につき

刑法第二十五条

(三)  訴訟費用負担につき

刑事訴訟法第百八十一条第一項本文

四、辨護人の主張についての判断

本件辨護人は、被告人は昭和二十九年六月頃この種営業を開始したのみで未だその経営等には不馴れであつたこと、殊に紹介者岡崎富子の言辞を軽信したがため本件事犯を惹起したので、この間被告人としては少しも積極的に働らき児童に対し売春を強要せしめたものでないので情状においても十分酌量せらるべきであると辨疏している。しかし右は前掲認定証拠によると、被告人は小学校六年卒業後は芸妓見習としその後は芸妓として二十三歳に達するまで稼働した経歴を有し、花柳界には十分通曉して居るものと認むべき事由のあつたこと、なお本件当時被告人は本件児童の外他に数名の従業婦を雇入れて盛大に料亭業を経営して居たこと、等に思ひをいたすとき右辨護人の主張は未だ容易に措信することは出来ない。寧ろ被告人としては全然素人としての営業者でなく、相当なる知識経験を包蔵していたものと見て敢えて苛酷ではないと思惟せらる。

さらば、被告人に対しここに安価なる同情はなすべきではなく、その責めの重大なるに鑑み厳として処罰せざるを得ない。

特に被告人は本件児童を昭和三十年二月二十五日雇入れ、その夜から同人をして売春せしめたる外風俗営業取締法施行条例による所轄警察署長に対する右届出も右証拠に歴然たるように同月二十八日付を以つてすましている。而して児童の親達から抗議申出でまでは漫然多数遊客を相手として児童に売春せしめていたもので、しかもその間被告人は児童の親元に本人の事情等について照会し或は公の信憑力ある戸籍謄本、又は食糧異動証明書等の取寄せをすること等は全くしていない。

なお又被告人は本件児童を売春せしむるため雇入るるに当つて初対面の同人を一見して未だ俗に言う「ざんぎり頭」で全く子供つぽく感じたので同人に「年は足りるか」と質問している事実が被告人の司法警察員に対する供述調書中に散見して居るところを見るに、被告人としては始めから児童が十八歳未満なるか否か疑問は相当に持つていたことが窺はれる。

然るに被告人は叙上の如く自己が既に此の業種につき十分なる知識経験を有するに拘らず児童の身元について十分なる調査をすることなくして直ちに売春せしめ、しかもその後発覚まで半信半疑でそのまま事態を放擲していたのである。

とりわけ、当時児童は一時的に親元を無断飛出し、心からこの業務に従事することは欲していなかつたことも記録上明白である。仮令少年が当時何らかの事情のため年令を偽わつたとしてもその事実のみに信を措いたとすれば被告人の責めを何等軽減する理由とはならない。殊に無責任なる一紹介者の言辞の如きはなお更である。

凡そ被告人の如く此の種営業に従事せんとするものは常に特段なる注意を以つて児童その他関係者の言辞等に迷わさるることなく、この種業務に従事せんとする事情、親元照会、其の他身分確定のため戸籍謄、抄本、食糧異動証明書等の取寄をして事故を未然に防止せねばならない義務があるものである。しかしてこそ児童をして真に此の種害悪から擁護し得る訳である。

さらば本件を斯く観し来たるとき、被告人の所為は右事実に欠くるところ多々あつて寔に遺憾の極みである。従つて被告人として法の要求する責めは十分負担すべきである。よつて辨護人の主張は採用し難い。

そこで本件の処断であるが、被告人としては内縁の夫の外妹二人を抱え、負債数十万を数え生活に喘ぎつつ一家の柱石として稼働し居ること、又本件についても十分責任を感じ将来再び累ねないことを誓つている事実、又同人は前科も有しない事実に鑑み特に実刑については刑の執行を猶予するのを相当と認むるので刑の執行を猶予することにする。

よつて主文の如く判決する。

(裁判官 深谷茂)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!